基礎研究と臨床研究を俯瞰できる脳神経内科医に
神経変性疾患研究は、1990年代の分子生物学の進歩により家族性の関連遺伝子解析から発展してきました。非常に興味深いことに、多くの環境要因が関与する孤発例においても、遺伝子異常による家族性と同等の病理変化(疾患特異的蛋白凝集など)が認められます。
単一遺伝子病に対しては、神経領域(脊髄性筋萎縮症など)でもいち早く核酸医薬の臨床応用が開始され、患者の生活の質は飛躍的に向上しつつあります。一方、孤発性アルツハイマー病を対象とした疾患修飾薬である抗アミロイド抗体(レカネマブ)が遂に上市されましたが、認知機能改善効果は概ね30%程度と考えられます。加齢に伴う病態の疾患修飾薬開発は、一筋縄ではいかないようです。
神経疾患の治療目標は、第一に神経機能の改善です。欧米諸国で行われた疫学調査では、65歳以上の年齢別認知症有病率は減少に転じました。また進行した病理変化を有しても、物忘れなど認知症を発症しない一群が存在します。 更に生活様式とリスク管理による予防介入がレジリアンスを高めることが分かりました。これらの点を踏まえると、アミロイド病理は変化せずとも神経活動調節によって症状が改善する可能性があります。確かにパーキンソン病薬は、原因蛋白を排除することなく神経活動調節により症状改善・維持しますね。
アルツハイマー病の主病変は、嗅内野皮質を介する海馬グルタミン酸作動性神経活動です。また機能不全時の調節系として、前脳基底野からのコリン作動性神経、GABA作動性神経に加え、縫線核からのセロトニン作動性神経が知られています。アミロイド排除後の症状改善やレジリアンス亢進のために、これらの神経活動の病態への関与を解明し、介入することが有用かもしれません。
今後分子生物学的知見を背景とした治療法が開発され、病態を理解した治療が必要になろうとしています。しかし、加齢に伴う疾患の病態は複合的要因が関わり一側面からの介入では効果は限定的かもしれません。更なる治療開発のためには、やはり基礎的側面と疫学研究など臨床の場から得られる臨床的側面の双方からの視点が必要不可欠です。工学機器や方法論の著しい進歩の中にあっても、基礎的と臨床的側面を俯瞰できる脳神経内科医の活躍が必要な時です。
神経機能の仕組みは奥深く、神秘的です。共に真実を解明してみませんか?
文責 Nori-kun
参考文献
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Snowdon DA, et al., The Gerontologist 1997; 37(2): 150-156