「難病って何?」という時代がやってくる
「何故医学部を目指したの?」「何科に進みたいの?」このブログを読んでいる方にとってはまだ、記憶に新しい質問、自問自答ではないでしょうか。勿論、困っている患者を救うために医学部に入った、私を含めほとんどの方がそうですよね。そして、学部学生時代にいろいろな疾患を学び、臨床実習や初期研修をはじめ実際の患者さんに接するなかで、「治る病気を相手にしたい」気持ちが強くなって専門を決めた。その発想の中に脳神経内科って入ってますか?
私が医師になった1991年(古いなあ)、脳神経内科は「解らない」「治らない」「でも諦めない」(その他ここに書けない、品のない「無い」もありました)と、「無い無い尽くし」の診療科でした。おまけに「神経内科」という診療科名から、精神科や心療内科との区別が医師でさえもついていないような状況。その中で淡々と臨床神経学に邁進する先輩方は孤高の戦士に見えたものです。
今はどうでしょうか?脳神経内科という新しい診療科名を名乗ることで、脳の病気を見る内科医と認知され「脳梗塞は脳外科」という先入観も随分減った気がします。それどころか、脳梗塞のカテーテルを使った血栓回収治療を脳神経内科医は年々増えています。一方神経難病と言われる、パーキンソン病、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などは、「解らない」「治らない」の象徴でしたが、今や次世代遺伝子シーケンシングやiPSによる疾患モデル、原因タンパク質の構造解析など最先端の科学技術によって、「解らない」は「大枠は解った」になり、いわゆる疾患の「鍵分子」が次々と判明してきました。では「治らない」はどうでしょう。アルツハイマー病患者脳にたまった老人班が抗体投与で本当に激減する日が来ようとは夢にも思いませんでしたし、何度も再発してステロイドがどんどん増え、糖尿病、骨粗鬆症、感染症などの合併症に冷や冷やしていた多発性硬化症や重症筋無力症が、生物製剤の使用で、再発が劇的に減り、ステロイドも減らせる今は我々にとって隔世の感があります。片頭痛もCGRP関連抗体製剤で発作回数が激減し、多くの若者の苦しみを取り去りました。進行期のパーキンソン病はドパミン受容体刺激を適度に間断なく行うために、内服回数を増やして、アゴニストや分解阻害薬を加えてもオフや運動合併症に難渋したものですが、機械や手術を使うと1日中安定した生活を再獲得した患者の笑顔を見ることが増えました。そして、何といっても難病中の難病であるALSの進行を止めうる、それどころか症状を改善しうる薬が登場したのです。家族性ALSの原因遺伝として我が国で最も多いSOD1遺伝子の突然変異で生じるALSは、遺伝子変異に基づく異常タンパク質が原因分子です。トフェルセンというアンチセンス核酸はSOD1遺伝子由来のメッセンジャーRNAに結合して転写を阻害する新薬がそれです。米国では2023年5月に承認され、わが国でも近く承認されることでしょう。10代を襲う劇症型ALSの原因であるFUS遺伝子変異に対するjacifusenというアンチセンス核酸も治験が進行中で、大きな期待が寄せられています。ALSに長く取り組んできた脳神経内科医としては夢の薬です。その他、脊髄性筋萎縮症や家族性アミロイドポリニューロパチー、脳腱黄色腫症など、着実に治療効果を実感できる薬が増えています。
脳神経内科は今、臨床の進歩があまりに早いため、いくら名著であっても特に病態と治療については、少し前の教科書は使い物にならない、という医師としてはうれしい(でもお財布的には悲しい)時代を迎えています。10年後に見える難病の景色はさらに全く違ったものとなっていると思います。「難病」というわが国独自の言葉もなくなっているかもしれませんね。
ニックネーム ウーやん