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治療薬の開発の新しい手法 drug repositioning

 新しい治療薬が既存の他用途の薬剤の中から開発されるdrug repositioningが注目されています。

 新薬の開発に際して、薬剤の候補となる化合物の発見から治療薬としての承認までには少なくとも10年~20年にわたる長い期間と数百億円とも数千億円ともいわれる膨大な費用が必要です。一方、薬剤の候補として発見された化合物のうち実際に医薬品として承認されるものはごくわずかであり、製薬企業とっても新薬の開発は大きな負担となっています。
 その中で注目されているのがdrug repositioningです。これはdrug repurposingとも呼ばれますが、ある疾患に対して有効性が示されている既存の薬剤から別の新たな効果・効能を見出し、別の疾患の治療薬としても開発することです。新たな薬剤を新規に開発する場合と違い、既に薬剤の体内動態や安全性についてのデータなどが存在するため、開発に関わる時間や費用を大幅に抑えることが可能になります。
 かつては、臨床現場で偶発的に別の効果を見出すことでdrug repositioningが行われることが多かったです。例えば、現在、パーキンソン病の治療にアマンタジンやゾニサミドが保険診療で用いられていますが、これらの薬剤は当初、それぞれA型インフルエンザ、てんかんの治療薬として開発されました。その後、実臨床でパーキンソン病に対する効果が偶発的に明らかになったことから、パーキンソン病治療薬としても応用されるに至ったという歴史があります。
 様々な診療科で診療されている多くの疾患に対する膨大な種類の治療薬の中から、特定の疾患に有効性を示す疾患を見つけることは大変困難なことと思われますが、効率よくその候補となる薬剤を見つける手法も進歩しています。
 例えば、
 1) ある疾患のためにある薬剤を服用している患者さんの集団における別の疾患の有病率などの疫学データから薬剤開発につなげる手法
 2) ある疾患のリスクとなる遺伝子が明らかになっているとすれば、それらの遺伝子と感受性をもつ物質を候補として検索する手法
 3) 人工知能(AI)を用い、疾患についての情報、病態に関与するタンパク質や既知の薬剤の分子構造についての情報、疫学情報、患者のレジストリーなどを学習させ、候補となる薬剤を検索する手法
 などが行われていますが、特に3)のAIを用いた手法は最近の進歩が著しいです。
 2025年の正月に早速、Parkinson病の治療薬のAIを用いたdrug repositioningによる開発状況についてのreview (Karimi-Sani I, et al. Ageing Res Rev. 2025;104:102651)が刊行されました。その中では、先述のアマンタジンやゾニサミドのみならず、メチルフェニデート(ADHD治療薬)、ニロチニブ(慢性骨髄性白血病治療薬)、ラロキシフェン(乳癌治療薬)、エクセナチド(糖尿病治療薬)、ケトコナゾール(抗真菌薬)、等々、多くの薬剤がパーキンソン病の治療薬の候補に挙げられています。この流れはパーキンソン病に限らず様々なジャンルの疾患でさらに加速することでしょう。これらの薬剤はいろいろな診療科で既に用いられている薬剤で、その中から新薬が生まれるとはまさに温故知新の感があります。学生・研修医の頃からの知識や経験も一生大切にしていきたいものです。

文責 むらくん