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Genderの多様性から多発性硬化症の病態を解明する

 神経免疫疾患の多発性硬化症(multiple sclerosis: MS)、視神経脊髄炎スペクトラム障害、重症筋無力症が女性に多く罹患することはよく知られています。なぜ、免疫疾患に男女差があるのでしょうか?エストロゲンは免疫応答を活性化し、炎症性サイトカインの産生を高め、自己免疫反応を抑える制御性T細胞の機能にも影響します。一方、プロゲステロンやアンドロゲンは免疫を抑制する方向に働く傾向があるため、男性の方が自己免疫疾患の発症が少ない傾向にあります。また遺伝的背景では、女性はXX染色体を持つため、本来は「X染色体不活性化」によってバランスがとれていますが、不完全な不活性化により一部の遺伝子が二重に発現し、過剰な免疫応答につながる可能性があります。そして女性は「月経・妊娠・出産・閉経」という生理的変化により免疫バランスが変動します。
 MSでは女性は有病率と再発率、MRI造影病巣効果などが高く1)、男性は二次性進行型MSに移行するリスクが高いことが知られています。こうした違いは、性ホルモン、遺伝、生活習慣や環境要因などが複合的に組み合わさって生じると考えられます。
 Nature Review NeurologyにGenderとMSに関する興味深い論文が発表されました2)。近年、外因性ホルモンがMSの病態に与える影響について具体的には、炎症反応、髄鞘の再生(再髄鞘化)、神経細胞変性に関わることがわかってきました。また、外因性ホルモンのMS治療への応用に関する研究が進められています。しかし、シスジェンダー(出生時のgenderと自己認識のgenderが一致する)を対象とした小規模な研究がほとんどで、十分な結果が得られていません。性ホルモンとMSの病態解明に関して、トランスジェンダーやジェンダー・ダイバーシティ(多様な性自認を持つ人々)のMS患者にも目を向けることです。トランスジェンダーやジェンダー多様な人々に「性別適合ホルモン療法」を受けている人が増えています。こうした治療はMSの発症リスクや臨床経過に影響する可能性があります。したがって、内因性ホルモン(体内で作られるホルモン)と外因性ホルモンの両方がMSに与える影響を解明することは、全ての患者に適切な医療を提供するために重要です。そして染色体・性ホルモン・MS病態の関係がより深く理解され、すべてのMS患者にとって効果的で包摂的な治療法の開発につながると考えられます。
(TED)

1) Nathoo N, et al. Imaging phenotypic differences in multiple sclerosis: at the crossroads of aging, sex, race, and ethnicity.Front Glob Womens Health. 2024;28;5:1412482
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39006184/
2) Nesbitt C, et al. Exploring the role of sex hormones and gender diversity in multiple sclerosis. Nat Rev Neurol. 2025; 21(1):48-62.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39658653/