認知予備能を高めて、将来への備えを今から

日常診療において、高齢者の頭部MRIを確認する機会がたくさんありますが、アルツハイマー病を想起させるような明らかな脳萎縮を認めても、認知機能は正常と判断される方に遭遇することがあります。脳に病的な変化が生じても、それを乗り越えて認知機能の低下を抑える能力のことを「認知予備能(cognitive reserve)」と呼びますが、前述のMRI所見の高齢者は認知予備能が高い状態と判断されます。認知予備能に関係しては、nun(修道女)研究が有名です。長期間にわたり同じ生活環境で規則正しい生活をしている米国の修道女を対象としたもので、死後剖検脳解析で高度のアルツハイマー病の病理所見を認めても、生前の認知機能は正常だった方が報告がされています。これ以外にも多くの知見から、認知予備能は認知症の発症防御因子であると考えられています。
2023年以降、抗アミロイドβモノクローナル抗体薬が臨床適用されましたが、その対象はアルツハイマー病による軽度認知障害(MCI)または軽度認知症の段階の患者のみであり、中等度以上に進展した多くの認知症の方には適用されません。このため、認知症に対する防御因子としての認知予備能を高めておくことは認知症対策として重要です。また、それと同時に認知症の発症危険因子への対策も重要です。2024年にLancet誌において発表された修正可能な認知症の危険因子として計14因子が挙げられています。これには、若年期における危険因子として教育不足が、中年期における危険因子として難聴、高LDL血症、糖尿病、高血圧、肥満、喫煙、過剰飲酒などが、また老年期における危険因子として社会的孤立や視力喪失などが示されています。
認知症への対策として、これらの修正可能な認知症の危険因子のどの項目を、どのような方法・強度で介入すべきかについては定まったものはありませんが、より多くの危険因子対策をした方が良いだろうという考えのもとに近年、世界各国で多因子介入研究が実施されています。わが国においては、MCI者を対象として、血管性危険因子の管理、運動教室、栄養指導、認知トレーニングを組み合わせた多因子介入群とコントロール群に分けて18 ヵ月間の前向き検討を行った研究(J-MINT研究)が実施されました。結果として、多因子介入群においては介入開始後18か月の時点で認知機能スコアが改善傾向を示し、多因子介入の意義が示唆されています。
筆者は年齢を重ねるとともに様々な心身の不調を実感するようになりました。若い世代の皆さんは、将来への備えとして是非、認知予備能を高める活動に励みましょう。
参考文献:
1.Clarke KM, Etemadmoghadam S, Danner B, et al. The Nun Study: Insights from 30 years of aging and dementia research. Alzheimers Dement. 2025;21(2):e14626.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39998266/
2.Livingston G, Huntley J, Liu KY, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. Lancet 2024;404:572-628.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39096926/
(よっちゃん)